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東京高等裁判所 昭和27年(う)1140号 判決

控訴人 被告人 中島幸蔵 外二名

弁護人 上田政吉 藤井英男

検察官 中条義英関与

主文

本件控訴は孰れも之を棄却する。

理由

被告人三名並びにその弁護人上田誠吉及び同藤井英男の各控訴趣意は本判決末尾添附の(一)被告人三名作成名義、(二)弁護人上田誠吉作成名義、(三)弁護人藤井英男及び同上田誠吉作成名義の各控訴趣意書(合せて三通)に記載のとおりであるから、これらについて判断する。

一、弁護人上田誠吉の控訴趣意第一点

刑法第二〇八条の暴行には、加害者が相手方に対し自己の手足をかけたり又は器物をもつて直接物理的力を加える場合ばかりでなく、不法に空気を強烈に振動させて、この振動力を人体に作用させる攻撃方法を用いる場合をも包含されるものと解すべきである。これを原判決についてみるに、前述の如く被告人等は他の組合員多数と共同して部課長等の身辺で大太鼓または鉦等を連打するなど室内で判示の如き喧噪な行動に及び因つて石塚長一外数名の会社側部課長等に対し暴行を加えたというのである。この際被告人等が石塚等の身体に対し直接自己の手足を掛け又は器物等を以て触れさせたのではないが、部課長等の身辺で極めて喧噪にして刺戟的なる影響を不法に長時間に渉り発せしめこの空気振動を鼓膜に作用させる物理的機械的方法により部課長等の身体に不法に外力を加えたのであるから、これはやはり前記説明の通り暴行の一態様であると見るを相当とする。故に原判決が大太鼓等を連打し因つて暴行を加えた旨判示したのは正当であつてその間毫も理由のくいちがいを来してはいない。論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 佐伯顕二 判事 久礼田益喜 判事 武田軍治)

弁護人上田誠吉の控訴趣意

第一点原判決は理由にくいちがいがある。

一、原判決はその理由中次のように事実を認定している。

(一)事実認定第一において、暴行の手段方法として認定された行為は「前記部課長等の身近くにおいてブラスバンド用の大太鼓、シンパル、フライパン様のもの及びブリキ鑵等を連打し」たことである。その暴行の程度として認定された事態は、電話による通話や会話が不可能になり、部課長が耳穴を押えて机上に俯伏せたり、頭脳の感覚が鈍り意識朦朧たる気分を与えたり、或は脳貧血を起させて屏死を覚悟する者が現れた等々である。

(二)事実認定第二において認定された暴行は課長の身辺でブラスバンド用大太鼓、鉦等を連打した行為であり、その結果として認定された事態は「脳の感覚鈍り、息詰るが如き状態」になつたことである。

二、仮に暴行が人の身体に対する一切の攻撃方法を指するものと仮定しても、被害者の身体に直接的暴力を加えることなく、その身辺で単に太鼓、シンパル等を連打した行為をもつて、これを暴行というにはそれらの行為が、被害者に相当程度の苦痛感を与えるものでなければならない。しかるに原判決が暴行の程度として判示したものは、何れも些々たるものであつて、これをもつて被告人らが「暴行」を加えたということはできないのである。(一)即ち電話による通話や会話が不可能になるには、周囲が多少喧噪になれば通常起りうる事態であつて、電話がきこえなかつたといつて、それをきこえなくした音響を起す行為をもつて暴行というのは失当である。更に耳穴をふさいで机上に俯伏すというも同様である。「頭脳の感覚鈍り」「朦朧たる気分を与え」という認定が、如何なる事態を指称するのか不明であるが、多数人のいる場所にある程度長居すれば、太鼓が鳴らなくても頭脳の感覚は鈍り、朦朧たる気分にもなろうというもので、その程度の苦痛を与えた行為を暴行というのは笑止であるといわねばならぬ。脳貧血にしても同様である。尚、「そのまま屏死を覚悟する者ある」という認定は、これに若干符合する如き証言はあるけれども、かかる証言は明らかに誇張であり、これを措信することは到底出来ないのである。(二)特に事実認定第二において「頭脳の感覚鈍り、息詰る如き程度」というは、いかなる程度のものを意味するのか必ずしも明らかではないが、暑気の候に、満員電車に三十分ものれば頭脳の感覚も鈍り、息詰る如き程度に至るのは自明であつて、更に本件の場合は労働争議の最中における職場交渉たるは原判決認定の通りであり、かかる事態において熱心な交渉が行われれば、たとえ太鼓や鉦は鳴らなくても、かかる程度の気分になるのは当然である。

三、かくて原判決が暴行の程度として掲げたものは、何れもこれを暴行というには著しく不十分のものばかりである。そして音響による暴行を論ずる場合には、身体に対する直接的暴力の場合と異なつてそれによる肉体的苦痛の程度が問題になることは先に論じた通りである。従つて太鼓等を「連打し」と認定した部分と「暴行を加え」と認定した部分とは、相互にくいちがうのであつて、原判決は理由にくいちがいがあるに帰する。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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